大部屋(タコ部屋)、当たり前だけれど自分とは違う動き、考え方、ようするに様々な人がいる。堂々と私の方にお尻を向け、屁をこく隣のベッドのおババ(と言ってもこのお方は90歳を過ぎていらっしゃったが)、毎日フルメイクで過ごしているネーちゃん(病院で患者が化粧とか意味不明)、結婚してすぐにSLEと診断されたらしく、泣いてばかりいる面倒臭い女。土日になると家族が押し寄せてきて大部屋内で騒ぐバカ一族(これは本当にバカ)。
駒込病院の時は私がタコ部屋を嫌い、朝から晩まで勝手に外出していたから気にならなかったのだろう。一方患者管理ガチガチの女子医大に転院してからは外出は許可がない限り難しく、逃げ場がないので大部屋の人たちのクセとか性格とか、ご飯の食べ方歯の磨き方すら気にして過ごすしかなかった。
ところで私は全身性エリテマトーデスと言っても、病気が悪化する時には色々な箇所に症状が出るわけではなく、毎回同じ場所が悪くなる。ざっくりした言い方をすれば、主に神経症状だ。それに関連して髄膜炎をほぼ毎回起こす。
この髄膜炎を調べる時に、腰椎穿刺(ルンバール)という方法で髄液をとる。
具体的にはベッドに横になって医者に半ケツを出し、医者が腰に長い針を刺して髄液を採取するのだけれど、これが私にとっては恐怖でしかない。後ろ向きにさせられているわけだから、医者がどういう動きをしているのかというのが分かりにくい。それからルンバールが下手くそな医者に当たると、穿刺中に神経痛(ビリビリした電気のような痛み)が走り、これがいつ起こるか分からないため、半ばお化け屋敷のような気持ちで終わりを待たなければいけない。だから電撃痛を起こさない医者は良い医者できる医者という風に私は今でも解釈している。
さて、ある入院時私はルンバールをやることになる(入院時は毎回やっている気もするが)。大学病院にありがちな、頼りなげな若い医師が担当。後ろからの攻撃なので、声掛けはされるけれど相手の動きが読めない。
今でこそ泣いたりしないが、当時病気になりたての20代半ばの私はルンバールの経験が浅いというのもあり、恐怖にまみれて号泣してしまった。大部屋の中にある自分のベッドについている薄ピンクのカーテンを閉め、中は見えないようにされてはいるが、私の泣き声とナースがなだめる声、医者の淡々とした声は部屋中に響き渡っていたことは想像できる。
突然カーテンがシャーっと開いた。
「大丈夫?」
例の土日になると一族を大部屋に呼んで大騒ぎする女が、興味津々目をくるくるとさせながら、覗いているのだ。
この時から私は「大部屋なんて絶対入らない」と決めた。半ケツを見られたから恥ずかしかった、そうではない。そんな人と寝食共にできるかよという、拒絶という強い感情。
わがままなのかもしれない。けれど入院中というのはただでさえ心身共に弱っているものだ。そこのわずかな陣地を荒らしてくるような行為を平気でやってくる人と入院生活を一緒に送りたくなどない。
我慢しろと?それは入院したことのない人が言うセリフだろう。まあ入院生活に限らないけれど、相手との距離を適度に取れない人と至近距離で暮らすのはゴメンだ。