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子どもの送り迎えができない

毎年同じだけれど冬という時期に入ると夏よりは汗をかかないためか、あまり清潔不潔の区別がなくなりお風呂に入る日がぐっとなくなる。だいたい2、3日に一度、1週間ぐらい入らなくとも多少痒い程度で我慢ができてしまう。ようするに気にならない。

さらに冬というのは時々躁状態が発作的にやってきたとしても、基本的には感情が鬱の方向へ傾いているものだ(私の場合)。鬱によって全てがどうでもよくなってしまい、汚いことも手伝って外に出られない。

反省してお風呂に入り一時的には心も体もさっぱりするけれど、またダラダラとした生活にすぐに戻ってしまう。

座っていることすら苦痛で、息子や主人に話しかけられるも内容が入ってこない、結局布団で日がな一日眠り続けることが楽なのである。ただのだらしない、飯だけはいっちょ前に食う、人間としては役に立たない邪魔者、ということも自分で自覚がある。けれどこの日々をやめられない。

心身医療科からもお薬が数種類出てはいるけれど、これらの薬が一体どの辺に効いているのかというのは常々疑問であり、担当医に質問することもあるけれど、はぐらかされた答えしか返ってこない。なので良くはならないと半分諦めている。

さて本日お昼頃、3日ぶりにお風呂に入った。というのも息子を水泳教室まで送っていかなければならず、私以外に連れて行ってくれる人もいないので(以前はいたけれど、お金がかかるという理由で打ち切った)何とか汚い頭と体を洗い、さっぱりした気持ちでお風呂から上がった。化粧水をたたく、クリームを塗る、髪を乾かす。すっかり身綺麗になり、さて次は化粧かというところで心の動きがノロノロとしてきた。

いかん、これはまずい方向に心が動いている。一旦お布団に寝転がる。これがいけなかった。いや、いけないと分かっていて寝転がった節がある。シャワーを浴びただけで心が消耗し、体も重たくなってしまったのである。

しかしこれは我が家ではあるあるのことで、私はすぐに主人に電話する。

「今日連れて行けなくなっちゃった。水泳教室にお休みの連絡してもらえる?」「いいよ」

鬱状態のとき、私の場合は息子と主人以外の誰かに電話する(会話する)ということができなくなる。会話のやりとりをしなければならないことを想像するだけで、さらに鬱が深まってしまうのだ。そのことを主人も理解していてくれて、嫌がりもせず買って出てくれる。

息子も水泳に行けなかったことに対して文句は言わず、「お母さんみかん取ってきたよ」と学校の庭にある柑橘系の木から大きなみかんをもぎってきたらしく、のんきな声でコートのポケットから出して見せてくれた。

送り迎えが当たり前のようにできるお母さまがうらやましい。私は息子を習い事へ連れて行けたとしても、それ以外のことはできないし(家事は主人が全て担ってくれている)、その翌日はお昼まで寝ていないと体が起こせない。

唯一私の仕事である息子の送り迎えができなかった今日、仕事をしていないくせに何でおなかだけは空くのだろう。

本当に息子にも主人にも申し訳なく毎日思うけれど、でも心も体も動かない時が沢山ある。これを一般的には鬱というのだろうけれど、もう少し妻として母として生きてみたいと思う。

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