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私はお母さんに選ばれました

ほぼ無神論の私が書くことなので、見苦しい点がありましたらお許しください。

「今からお話しすることは、ずいぶん前のことだから、忘れちゃっているところもあるけど、間違ったらごめんね」とは幼稚園時代の息子による、ある晩の台詞である。

生まれてくる前の話、といったところだろうか。色々なことをしゃべっていたので、また息子による創作の可能性も否めないわけで、いちいち全てを書き出さないが、印象に残っているものを綴っていこうと思う。

生まれる前の子どもたちは1ヶ所に集められて、透明の神様と骸骨の人二人がお世話をしてくれるという。そして下の世界へ降りる前に性別を神様が決めてくれるそうだ。息子は女の子がよかったようだが、男の子になりなさいと言われた。

下の世界へ降りるには、はしご、エスカレーター、エレベーターがあるらしいが、自由選択で、息子はエレベーターを選んだという。

なぜなら、はしごで下に向かおうとした子どもが失敗して落っこちていったのを目撃したことがあるかららしい。

するとエスカレーターとエレベーターとの2択になるわけだが、エスカレーターは階段のようだから、転んで失敗をするのを恐れ、エレベーターに乗り、私のお腹に入ってきたと話した。

また子どもたちは雲より高いところから、下の世界をのぞいているそうだ。

そうやって未来のお父さんやお母さんになる人を探して観察しているらしい。

生き死にを繰返すことで魂を研磨することが我々の目的だとしても、とてつもなく耐え難い場面というものに出くわすことがあるだろう。

その時我々には帰るべき場所(天国)があるのだということを、個々の内にSOSボタンとして備わっており、押してリセットする場合があるのではないか、と息子の話を聞いて考えてみたりした。

私は気持ちが高ぶると、大声で怒鳴り散らしたり、物で息子を叩いてしまうことがある。主人に掴みかかり、暴言を吐いたりもする。家具を庭に投げたこともある。

そういう母親を見て息子は、「お母さん選びに失敗したな」だとか「上の世界へ帰りたいな」と思っている時もあるのではないか。

母親が死ぬまでこれらに付き合わされなきゃならない、冗談じゃないよ、と。

今はまだ小さいけれど、いずれ大きくなった時、息子は絶望してSOSボタンを押すのではないか、とも心配する。

息子は母親に何を求めているのか。

優しさ?笑顔?美味しいご飯?柔らかな手?

これら全て申し訳ないが私の中にはない。

なのに「お母さん」と呼び甘える息子がいる。

生まれる前、空の上の息子はどうして私が病気だと見破れなかったのだろう。

「なんで私をお母さんにしたの?」

「顔が可愛かったからだよ」

妙に自信ありげに答えてくれた息子ではあったが、ごめんね、お母さんの顔は赤い蝶々(蝶形紅斑)がとまっていて、可愛くないんだよ。

分かっている。もっとしっかりしなきゃいけないのは分かっているけれど、今日も布団をかぶり行動的ではない私が薄暗い部屋で横たわる。

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