誠実でありたい、と自分自身も思い努力するし、また相手にも誠実さを求める。
誠実であるとは、人間関係を築く際に地盤となる最も重要なことではなかろうか。
医者と患者というのも人間関係の特殊な一例だと思うのだけれど、やはりここにも誠実さを欠いてはいけないと私は思う。
昨日の女子医大の女医のように、明らかに不誠実な対応をする医者というのは、病院へかかったことのある人であれば経験として頷かれるのかもしれない。
逆にとても誠実に対応してくださる先生というのも、不誠実な医者にくらべて少ない印象ではあるが存在する。
今私の主治医となってくださっている膠原病の先生も、そんな数少ない誠実な医者の一人だ。
元々は4年前、髄膜炎をこじらせて入院した時の、病棟担当医となってくださった先生であった。
明らかに私より年下の先生は、いつでも私に敬意を持って接してくださったし、そして点滴の針を入れるのがとても上手な先生であった。
なぜ私が点滴にこだわるのかと言えば、私の腕というのは血管が細く、さらには奥に深く沈んでいる、言わばナース泣かせの(採血は大抵ナースがする為)血管をしているのだ。
なので殆どの場合、痛い思いをした上に内出血までお土産に頂くので、毎回採血前が憂鬱になる。
ところが先生は「私得意な方なんですよね」なんておっしゃりながら、いとも簡単にいい場所を探り、そして自信を持って針を入れてくる。実際痛くはない。
それから、私は髄膜炎がSLEの症状として出現する関係上、頭痛がすると訴えると髄膜検査(ルンバール)をほぼ100%されることとなる。
ルンバールとは細く長い針を使う検査なのだけれど、腰に針を刺して髄液を採取し、髄液に異常がないかを調べる重要な検査なのである。
体勢的には先生が私の後ろに回り、私は下着を半分下ろした無防備な状態で先生にお尻を向けて刺されるのを待つ。
つまり先生をひたすら信じ、委ねて終わりを持つしかない。
このルンバール、下手くそな先生がやると電撃痛が走るので恐怖で緊張し、私の場合ではあるけれど泣いてしまうことさえある。
その、ルンバールでさえも先生は丁寧で且つスピーディーであり、それにやはり無痛なのだ。
先生の髄液検査が終わった後、私は(是非先生に外来でも担当になって頂きたいな)と願うようになったのだった。
それから4年の時を経て去年の秋、とうとう先生を主治医にするチャンスが生まれたのだ。
それは10年ほど診てもらっていた医師の担当曜日が変わるということで、このタイミングでドサクサに紛れて、先生の診察日に変更してもらったのだ。
そんなわけで久しぶりに先生にお会いする。緊張した。
私の名前が呼ばれ、診察室へと入る。
「お久しぶりですね!」
先生がびっくりしたようにおっしゃった。
「いつぶりですかね?入院の時以来ですかね?」
「息子さんは元気ですか?ルンバールの時、緑色のお人形を、ママに貸してくれてましたよね」
緑色の人形?その場では理解できなかったのだけれど、病院の帰りに思い出すことができた。
先生が病棟担当医の入院時、私はルンバールが怖くて仕方なかったので、息子の大事なトッキュウジャーの人形をお守りに借りたのだった。
先生はきっと何十人と、いやそれ以上に患者さんを診ていらっしゃるはずなのに、そんな些細なことまで覚えてくださったのだ。
帰り道、私はふふふふと笑ってしまった。