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山へスキーに川へ遊びに

SLEという病気になった時、とにかくしつこく言われたのが「紫外線には特に気を付けなさい」ということだ。勿論他にも気を付けるべきことはあるのだけれど、紫外線のことは強調して言われたのを覚えている(未だに注意される)。

紫外線を浴びてしまうと病気が悪化してしまう、再発してしまうということを医師は伝えたかったのだと思う。

実際に私が初発でSLEになった時(SLEと診断されるまで(後編))、与論島という強い紫外線がガンガンと降り注ぐ地で躊躇なく肌をさらし、原因不明の高熱で旅の計画をダメにしてしまったわけだから、先生のおっしゃることはごもっともなのだ。

けれどその後の日常生活に、この紫外線対策というのは面倒臭いくらいに食い込んでくるわけだった。

『再発してしまう』という強迫観念に近いものにまとわり付かれながら、外出する時には必ず紫外線対策を施さないといけない。

少しの光が差しただけでも顔を背け、夏でもなるべく体全体を布で覆い、冬だというのに日傘を差しているから好奇の目で見られ、実際何も病気のことを知らない人たちから道で悪口に近い声掛けをされたこともある。

こういった身体的にも精神的にも面倒臭い状況では、当然必要以外の外出をすることもなく、息子を産んでからも同じスタイルであった。

それでもまだ息子が小学校へ入るまでの小さな頃だと、土日に主人に公園へ連れ出してもらうだけで足りていた。

ところが小学生になり、クラスメートから「~へ旅行した」「~へ遊びに行った」などという話を教室から仕入れてくるようになり、「佐藤くんちはいいなー」「鈴木くんちはいいなー」、と苦情に近いお言葉を息子から頂くようになる。

確かに私の小さな時のことを思い浮かべても、崩壊家庭だったとはいえ、夏は海の近くにある母親の実家に連泊したり、冬は暖を求めてハワイに旅行したりしたものだ。

そのことをこんな年齢になっても覚えているということは、両親は毒親といえど、それなりに短く楽しい特別な時を過ごさせてくれたのだろう。

子どもにとって『旅行した、遊びに行った』という思い出は、確実に心に何かを刻むものであるし、また、その何かというものは、何にも代えられないかけがえのないものになり得るのだろう。

しかし私ときたら、紫外線がダメだ、寒いところもダメだ、疲れすぎてはダメだと制約が多い。これらによって私は、普通の母親が営む健康的母子生活というものが送れない。

さらに幼稚園まではまだ言葉足らずの息子であったので、何とかごまかしてはきたのだけれど、いよいよ小学生ともなると、物事の理解も深まるし、何分口が達者になってくる。

それを申し訳ない気持ちと同時に「こういう私から生まれてきてしまったのだから諦めてほしい」と随分わがまますぎる論理でねじ伏せていた。

ある日意味なくネットサーフィンをしていた時だ。子どもだけで行くスキー教室というものが引っかかってきた。2泊3日。

そこの会社のホームページを詳しく調べると、出てくる出てくる色んな企画が!

もしかして他にもこの手の企画をしている会社があるのではないか?ネットの力を借りる。すると数社引っかかってきたのだ。

私は、自分のことのように興奮してしまい、主人に早速この話を夜の食卓の議題として提示した。

「いいんじゃない」

息子の学校では3年生から連泊でのスキー教室があり、その練習として考えてもいいのではないか?というのが彼の意見だった。

それもそうだけれど、もうこれからは「息子のことを外に連れ出してあげられない」だなんて悲観的にならずとも、こういった企画をバンバン利用していこうではないか。

家族の思い出にはならないけれど、『僕は色々なことに挑戦したんだ!』という自信につなげていってほしい、と母として願う。

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