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先生に恋をしているひと

「萩原先生ってご結婚していらっしゃると思う?」

萩原先生(仮名)とは私の心身医療科の担当医である。

声を掛けてきた女性は、私の予約時間帯に心身医療科前の待合いで見かける、背のスラリとした人目を引く美しいひとだ。

私はそう急に話しかけられてびっくりしたけれど、同時に先生の診察室を思い浮かべている私がいた。

先生の診察室には、おそらく七五三の衣装を着た女の子なのだろう、写真が大切そうに白い壁に貼ってあるのだった。

「ご結婚していらっしゃるんじゃないですか?(壁の写真を見れば分かることではないか)」

「そうですよね」

女性はとてもがっかりした様子で私から離れていった。

私はよくよく考えてみた。そもそもその女性は何故私の担当が萩原先生だと知っていたのだろう。まさか『担当は萩原先生』という名札がついているわけじゃあるまいし。

それからというもの、この女性に外来で会うと度々話しかけられるようになった。そして先生がどんなに素敵かということを一方的にまくし立てるのだ。

私は怖くなった。

女性は萩原先生に陽性転移を起こしていて、萩原先生の女性患者は皆ライバルのように思っているのかしら、と思えてきて先生の別の曜日に替えてもらうことになる。

萩原先生というのは独特な雰囲気の先生で、確かに独身にも見えるし、既婚者にも見える。でも指にはリングをしていないし、先生に陽性転移した患者は、淡い期待を抱くのかもしれない。

もし先生が独身だったら、真っすぐな恋心は先生へと向けられ、もしかしたら、二人の間に先生と患者という関係以上の何かが芽生えたのかもしれない。

でも、あの壁の写真で察することができないのかな、と私は苛立ったりした。恋は盲目ということなのか。

一方私はというと、先生とは長い付き合いなのだけれど、先生が結婚してるのか?どうなのか?ということはたまに考えたりするだけで、でもそれは恋ではなくて、単純に疑問に思ってのことである。

情熱的に思うわけではないので、すぐに消えてしまう、日常に関わって来ない疑問なのである。

正直なところ、それほど先生に人間的な魅力を感じていない、ようするにタイプではないということになる。

でも私に聞いてきた女性にとっては、先生はまさに恋の相手なのであり、できるならば先生の心も体も独り占めしたいと願っているのかもしれなかった。

ある日の診察時、私は先生が電子カルテに何か書き込んでいる間、手持ち無沙汰から、例の写真に見入っていた。

あーこれはよく見ると、着物を着た女の子の絵だったんだと、そんなことさえ何年も気付かなかった自分のぼんやりぶりに、びっくりする。

「これね、患者さんが描いた絵なんですよ」

先生が私の視線の先に気付いたのか、教えてくださった。

その時私は、あの女性患者の顔が思い浮かんだ。先生は独身かもしれませんよ、と伝えたかった。でも今となっては曜日や時間帯も変えてしまったし、連絡先も知らないので、そう伝える術がなかった。

そしてつい先日の外来の時。この時私は息子を連れて先生の診察室へお邪魔した。息子は赤ちゃんの頃から先生の部屋へ時々同行させるので、先生は息子を連れていくととても喜んでくださる。

「何か習い事はやっているの?」

「水泳やってるよ」

「先生の子どもも昔水泳やっていたよ!」

と、父親の横顔を急にのぞかせてきた。今まで全くそういう個人情報を語る先生ではなかったのに。

この時私の記憶の中にうっすらある彼女の姿が浮かぶ。まだ先生に恋しているのだろうか。恋をしているのだとしたら、もうやめた方がいい。

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