息子がコマを回しながら言う。
「お母さんもコマを回してみなよ」
私は断る。
「お母さん疲れているから一緒に遊べないよ」
昨日は朝早くから女子医大の外来があったため、ある程度の疲れは予想していたけれど、それは想像以上のものだった。
もうお布団で本格的に眠りに入りたい、そういう状態であった。
息子の方はというと、まだ通常授業ではないためいつもより帰りが早い。ということは息子との接触時間がいつもより長い、というわけだ。
私は息子との接触を避けるために、まずは病院の帰りに駅で買ったケーキをおやつに出した。
そうすれば何か息子がわがままを言うたびに「でもケーキ食べたんでしょ?」という、詐欺と同じ手法を使えると踏んだからだ。
何も知らない息子は、美味しそうにケーキを平らげる。
食べ終わった息子は早速私に言った。「お母さん遊ぼうよ」
ここで普通の母親ならば「はいはい」と仕方なくも応じてあげられるのだろう。
ところが私の場合、遠出が気力も体力も奪っているために、とてもではないが息子が願う通りの母親であることができない。
「ごめんね、お母さん疲れちゃってるんだ」
「でもさ、コマ回すのとっても楽しいよ、ほら」
すでにヒモをグルグルと巻き付けてあるコマを私に渡してくる。そこまで言うならと、コマを回そうとコマを放り投げる。失敗した。
「ほらね、お母さんは下手くそなんだ。見ているだけにするよ」
無理矢理着席権を得る私。
息子は仕方なく一人でコマを回し始める。
ようやく私は座って休めるのかと思いきや、息子が沢山話しかけてくる。
自分でカスタムしたコマがどんなにカッコイイんだという話に始まり、学校でお友だちとコマで対決すると、だいたい勝つということ、『ハヤブサ』というコマがよく回るらしいので、それを誕生日にほしいとねだってみたり。
とにかく会話の内容は独楽コマこま。
いよいよ私の疲れはピークとなり、息子が話す内容もあまり入ってこないので、話を遮るようにして息子にお願いしてみる。
「お母さん、寝てもいい?疲れちゃった」
息子の顔が一気に曇る。
「だめ?」
「うん、いいけどここで寝てて」
こことは居間の床で寝てくれということだった。
確かに居間には床暖房があるので寝転がれば暖かいが、でもあくまでも床なので体が余計に痛くなるだけだ。
「お布団で寝てもいい?」
「この辺で寝てて」
息子は私の願いを無視するように、床を指し示した。仕方なく転がることとする。
息子は私がその場にいることに気をよくしたのだろう。
「次は縄跳びするね」
と床でドンドン大きな音を立てて縄跳びをはじめた。私は床に寝転がっているのでダイレクトに音が体と耳に響く。
息子は私が具合悪いことは百も承知なのだろう。でもどうしても遊んでもらいたかったし、自分がどんなに上手かということを私に見せたかったに違いない。
しかしそうは分かっていても、心も体も追いつかないのはやはり長時間の外出、疲れが私からやる気を奪うからだろう。
「おかあさーん、大縄やろうよ!」
カーテンタッセルに縄跳び2本繋げた長い縄をくくりつけて、息子がやりたそうにブラブラさせている。
この位は頑張らねば、と重たい心と体をよっこいしょと起し、息子のおねだりに応じてみせた。