父親は今で言うところのドキュンであったらしい。
決して年下や同級生に手を出すことはなく、あくまでも相手は上級生という縛りを設けていたようだけれど。
けれどどう言い訳しても、悪であることには変わりない。
父の粗末な格好や、学用品を揃えることができないのを理由に笑われたりいじめられたりするらしいのだけれど、そうすると必ず返り討ちを仕掛けていたようだ。
道で待ち伏せして襲い掛かり相手の歯が折れるまで顔を殴ったり、トラクターを乗りまわして相手の家の田んぼを荒らしたり、カツアゲしたり。
そのたびに家では激しい折檻を受ける。
おそらく怒りと悔しさとヒステリーを鎮めるために、この頃から父は暴力を使うようになったようだ。
父は家の中でも社会でも、鼻つまみものであったのだ。
東京へ出たい、東京へ出れば、という思いを日に日に募らせていたことだろう。
母の家は、母と弟の2人姉弟なのだけれど、まるでそれが役割かのように、母の父は母を溺愛し、弟は母の母に大切に育てられた。
外見には夫婦仲は良好なのだけれど、もしかしたら何かどうしても許しがたい出来事や事実があって、特に母の母が意地になっているところがあったのでは、とも当時の状況から推測される。
働かず外に女を作り、遊びまわる母の父。
表面上は取り繕っていても腹の中では許せていない、そういう状態が長男偏愛を招いたのかもしれない。
弟と母の母は、彼が結婚するまで夫婦のように毎晩同じ布団で眠り、弟が何かせがむとすぐに買い与えていた。何でも言うことを聞く。
一方私の母親は、自分の母親から「お前の顔はブスだ」「色黒で可愛くない」と容姿のことをけなされ育ったらしい。
私などからすると、私の母というのは容姿端麗とまではいかないけれど、モデルのバイトをやっていたぐらいなのでそれなりの見目形という世間では位置付けだと思う。
母の母はとにかく人が振り返るほど美しい人で、自分に自信のある人だったようだ。
だから自分より劣った外見の母を許せなかったようであるし、一番には父親に寵愛されていることが苛立たしかったのかもしれない。
いびつな家族だった。
愛のカタチというのは様々あるけれど、こうして父も母も類を見ない愛を経験して大人へと成長していった。
その2人が東京で出会い、結婚する。
母が新宿にあるカレーで有名なレストランでウェイトレスとしてバイトをしていた時に、父親が見初めたらしい。
ところが母は、働き先の社長である男のペットのような暮らし、いわば愛人のような暮らしをしていたようなので、父親のアタックなど特に気にも留めず、無視を続けたらしいのだ。
自分の容姿をたくみに利用し、いかに楽に生きるか、それがこの頃からの母のテーマなのではなかろうか。
ところが突然、何の前触れもなく母の父が亡くなったという連絡が入ったのだった。猟銃事故だという。
母は取り急ぎ田舎へ帰ることとなる。