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告白 その3

母の父は3人の男で山の中へ分け入っていったという。

事故なのか故意なのか。とにかく猟銃の弾は母の父に命中した。そして死んだ。

母の家ではこのことを特に警察沙汰にすることはなかったという。

ただでさえ小さな田舎町なのに、そうすることで町中を引っ掻き回し、村八分にされることを恐れたのだという。

葬儀には母の父の愛人も参列した。「愛人の分際で」と私などは考えてしまうが、母に言わせれば「父のことを支えてくれた人なんだから当然」ということだった。

当時そういう境地に至れたのは、己もまた東京で愛人という身分に自身を置いていたからではなかろうか。

とにかく母の実家は混乱していて、特に母の母が取り乱していたようで、2つ下の弟は頼りにならないし、母がその場を仕切らなければどうにもならなかったようだ。

その後の財産分与でも母の母は愛人にはビタ一文渡さないと半狂乱で取り乱し、その他にもケチをつけてくる人がいたりと、まあ莫大な財産を所有する家ではよくあることなのだろう。

結果的に母の母に小さな頃からブスだのなんだと嫌われて育ってきた母は「もう実家に足を踏み入れるな」と追い出されるように東京へ戻ったという。

母の母としては、手元に可愛い弟さえいてくれれば、どうでもよかったということだろうか。

異常な母性の垂れ流しと異常な母性の枯渇。母の母はそうして人生のバランスを取っていたとでもいうのだろうか。

兎にも角にも母は田舎町を追い出され、いよいよ自分の足で立って生きていかなければならなくなった。

東京に帰り冷静に考えてみると、母は愛人というふらふらした中途半端な立場であり、母の父が存命の頃は遊び半分で成り下がっていた位置なのだろうけれど。

いよいよ自分に危機感でも覚えたのだろう。彼女は生きていくために男漁りを始めたようだった。

当然既婚者というのは対象外となり、独身の言い寄ってくる男の中から選別する。快楽ということを第一に考えるのではなくて、安定を求めたのだろう。

こうして引っかかったのが私の父であった。

今でこそそう珍しくないのだけれど、当時としては若いのに外車を乗り回し、仕立ての良いスーツを着こなし、デートのたびに素敵なレストランへ連れて行ってくれる。

母にしてみたら愛人生活と同等の生活が送れると踏んだのかもしれない。

つまりは今となっては親もなく、帰る実家もなくなってしまった拠り所のない状況から早く脱出したいと、そういう心境だったのだろう。

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