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告白 その4

こうして初婚の時も将来設計などを考えることなく動物的な感覚で結婚したと思われる2人だけれど(だから離婚に至ったのだろう)、2回目の結婚もまた短絡的であったことが想像される。

「この先どうなるのだろうか」と、先を読んだりするのが人間らしい思考だとすると、この2人に関しては甘い考えというべきか、奥行きがないというか、ペラペラな、吹いたら飛んでいってしまう程の、浅はかすぎる考えとも呼べぬ動物的感情しかなかったのではなかろうか。

2人はまず都会の家賃が当時40万円もするマンションに住んでいたという。理由は父の会社から近いということだったらしい。

ちなみにこの40万という金額はきちんと生活費を算出した上での金額だったかは甚だ怪しい。

というのも父は結婚してすぐから自分の小遣いが無くなると家で暴れ、生活費を取り上げては女の家に帰っていく、ということの繰り返しだったようなのだ。

会社経営者なので、普通のサラリーマンよりは稼いでいるのだろう。それなのにいつも家にはお金がない。いや、家賃も生活設計上では成り立つと思って部屋を借りたのかもしれない。

けれど父が計画的にお金を使えない人らしく、毎月毎日金欠事態を招く。

夜遅く家に帰ってきては暴れている父を、私は小さな頃から知っていた。

私の記憶するところでも、生活に落差があり、父は子どもたちに(3人兄弟)高いオモチャや可愛い洋服を山ほど買ってきてくれるのだけれど、普段の生活は質素であり、夕食をたまごかけご飯だけで済ませるという日もザラにあった。

とにかく外見と中身にギャップがあり、幸せそうに生活しているように映るのだろうけれど、実は小学校1年生の時に揃えるべき絵具セットをなかなか用意してもらえずに恥ずかしい思いをしたぐらい、その位母と3人兄弟の生活はひっ迫していた。

だから私は父と生活を共にした記憶というものがなくて、そしていつでも愛人を絶やさず、私たち子どものことよりも大切にしているんだ、という場面に遭遇することが多くあったように思う。

母はというと、そういう生活から多大なストレスを感じるのか、子どもに当たることで憂さを晴らそうとしたのだろうか。

普段は母、兄と弟、それに私で生活するのだけれど、私だけたまごかけご飯すらもらえない日があったりするのだ。

私の夕食は彼女の気分次第であったりなかったりした。

子どもの私にはその理由など分からずに、ただただ「私が悪いんだから」と思うことで空腹をしのぐしかなかったのである。

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