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告白 その6

私が小学校6年生の春、両親の離婚が成立する。

理由はいつまでたっても床から起き上がれない母が、時に狂暴化したように家の中を暴れまわって父に離婚を迫ることがあり、その繰り返しに父もとうとう疲れたのかもしれない。

けれど生活形態は変わらず、私たちは相変わらず父が生活費を入れ、そして兄、弟、私、母の四人で暮らしていた。

この頃から母が何故か高額の買い物をしてくるようになり「お着物買っちゃった」「指輪買っちゃった」と見せびらかしてくるようになる。

私は当時小学6年生であるし、まだそこまで宝飾品や贅沢品に興味が沸かなかったので母の話を「ふんふん」と聞くばかりだった。

突然だった。

「お兄ちゃんとあなたに紹介したい人がいるの」

母の説明によると、弟が5年生になっても夜尿症が治らないので、診てもらっている先生がいる。その先生を私たちにも紹介したいという。

確かに弟が月に1度学校を休ませてまでも、わざわざ横浜にある病院まで通院していたのは知っていた。そこの先生。何故私たちに会わせたいというのか。

とにかくその先生に予定をつけてもらい、私たちは兄、弟、私、母、先生の5人でデパートの上にあるレストラン街の中華料理屋で食事をすることになる。

食事の間中母はよくしゃべり、私はあまり美味しくない中華料理をつまみながら、このよそよそしい時間を鬱陶しく思えた。

「はやく帰って勉強したいな」この年私は中学受験の年で、いよいよ本番が近付き1時間、1分たりとも勉強につぎ込みたい心境であったのだ。なのにこの、初対面の人と時間と場を強制的に共有させられ、半分腹が立っていた。

一方弟はというと、自分が診てもらっている先生が目の前で一緒にご飯を食べてくれているのがうれしかったらしく、いつも無口であるのに饒舌であった。

兄はと言うと、淡々と運ばれてくる皿の料理を食べており、機械的な動きにさえみえた。

食事が終わり、外に出る。

「あなたたちは先に帰っていなさい」

そう母は言うと兄にカギを授けた。

兄は何も言わずに受け取り、「じゃあ、帰ろうか」と弟と私を駅まで誘導する。

どうして母は一緒に帰らないのだろう。少し不思議に思ったけれど、邪推するようなこともなく、そういうものかと受け入れて駅に向かう。

弟は母と先生と離れ難く、多少ぐずっていたけれど、兄に「家に帰ったらゲームをしよう」などと優しく諭されて納得させられた。

その時見上げた夜空は、青黒く遠くに感じた。

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