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告白 その9

ある何でもない土曜日に、父は弟と私を「ディズニーランドに行ってみないか」と誘ってきたのである。

ディズニーランドなんて、もう何年も連れて行ってもらったことがないし、そして私はこんな風に想像した。

私たちが母親に逃げられ、父がそれを可哀そうに思い、気分転換にでも誘ってくれたのだろう。

父にも良いところがあるではないか。

前向きな感じで捉えたのである。

兄は部活の試合があるとかで、行けなかったけれど、こうして弟と私は父の運転するベンツでディズニーランド近くのホテルへと向かったのだった。

ディズニーランド近くにこんな立派なホテルがあったなんて知らなかったので、驚きと共にわくわくとした期待で私の中は満たされていた。

母は父をクズだとよく罵っていたけれど、そんなことはないじゃないか、少なくともアンタよりは良いところがあるよ。

ホテルの駐車場に着き、父が言う。

「先にロビーへ行っててくれ」

弟と私はその言葉に従い、父より先にロビーまでエレベーターに乗って上がった。

ところがしばらくしても父はやって来ない。どうしたことだろう。私の胸は不安でいっぱいになる。

するとようやく父がやって来た。そして父は隣に知らない女性を同伴しているようにも見えた。

「こんにちは!」

随分若い女の声だった。

女は弟と私の名前を知っているようで、馴れ馴れしく呼んでくる。

私はこの、初対面にしていきなりギュッと対人距離を縮めてくる女に嫌悪感を抱いたし、そもそもこの女は誰だというのだ。

「松本さんだ」

父が私たちに紹介する。

「早稲田大学を卒業されている」

二言目に言う言葉か。まあ学歴にこだわる父らしい思考ではあるが。

父が話している間中、女は父の腕に絡みついて離れようとしない。父もこれを受け入れて、彼女の腕を剥がそうともしない。

こういう無礼な態度をする大人もいるんだな、と私は学ぶとともに呆れたし、こちらが恥ずかしくさえ思えてきた。

「それじゃあゴハンでも食べに行くか」

そう父が皆を誘う。すると女が「ねえパンダ。私中華料理がいいな!」と父のことをパンダと呼んでおねだりをしていた。

「お前らも中華でいいよな?」

例えばそこで、別の料理を私がリクエストしたとしても、父に遮られることくらい空気で分かったので、弟と私は黙って付いていくしかなかった。

レストランへ向かうために再びエレベーターに乗り込むと、その個室の中でパンダパンダと甘い声がこだまのように耳に鬱陶しかった。

その中華料理屋で何を食べたのだったか。とにかく女のパンダパンダと父を呼ぶ声だけが強調されて、食卓を彩っていたように感じる。

ようするにこういうことなのだろう。ディズニーランドになんか行く気はなくて、自分の若い愛人を紹介したかった、ただそれだけだったようだ。

母と一緒だ。

「ちーちゃんて呼んでね」

24歳のちづるという女は、私に語り掛ける。

こうして私は彼女と父が別れるまで、一度もちーちゃんと呼ぶことなく、『松本さん』と苗字で呼ぶ日々が続いた。

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