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告白 その10

中学に入って私には打ち込めるものができた。剣道部に入部したのである。

厳しい上下関係の緊張感が、普通の子であれば嫌であっただろうが、私にはしっくり合っていたのかもしれない。

先輩を敬いそうして稽古を頑張りさえすれば、さらに試合で結果を出せば認めてもらえる。

家では人間として否定されているような生活を送っている私にとっては、剣道部の苦しい稽古は容易く思えたし、努力さえすれば認めてもらえる、どんどんとのめり込んでいった。

ところが家に帰ると、毎日のように玄関まで女の甲高い笑い声が聞こえてきた。

ディズニーランドの件以来、松本ちづるが家の中に上がり込んで、我が物顔で家の一員のような振る舞いをするようになっていたのだ。

その勢力というのは凄まじく、ちづるの姉妹までもが家に上がり込むようになっていた。

彼女たちが遊びに来ている時は私たち3兄弟は自分の部屋に閉じ込められ「部屋から出てくるな。なるべくトイレにもいくな」と父親から念を押されたものだ。

「気配を消せ」、そういうことだろう。

若い女の肌に触れていたい父と、札束を数えていたい女。

既成事実を作り出すことによって、その全てを掌握したい一族。食いつぶそうと群がるアリのような。

「この七五三のお着物もらってもいいかしら?」

ちづるが私に言ってきたことがある。

文字通り私が七五三で着た着物なわけだけれど、それを家の桐たんすから見つけてひっぱりだしてきたようで、胸に抱き抱えて私の部屋のドアのところで立っていた。

クズの母親ではあったが、おそらく桐たんすで管理していた着物なのだろう。

「ちーちゃんのお姉ちゃんのところの子どもが、もうすぐ七五三なの」

よく見るとちづるの後ろにはその姉も立っていた。

「いいですよ」

私はそう答えるしかなかった。

七五三の着物というのは受け継がれるものだという知識もその時はなかったし、それにここで逆らっても父に怒鳴られたりするだけなのを知っていた。

それよりもこの、私の部屋に上がり込もうとする姉妹を一刻も早く撃退したい気持ちで占められていた。

以降家に残っている私が小さな時に来ていた洋服類は、この姉妹がごっそり持ち帰って行くこととなった。

松本姉妹の実家というのは、都内郊外にある公営住宅であり、経済状況というのは推して知るべし、ちづるが早稲田大学卒業というのは今にして思えば眉唾ものである。

また松本姉妹というのはちづるだけが奇跡的に姿形に恵まれたけれど、2人の姉に関してはちづるの姉妹とは思えぬ醜悪さであり、つまり妹の容姿を売りに、父に家にタカっているような連中であった。

もちろんそんなことは中学生の私にも察することができた。けれど絶対権力者である父に逆らうほどの気力も情熱もなかったし、ただ大人しく時間も物も捧げ、その代わり自室を与えられていたに過ぎない。

部屋と部室の往復、そういうところで生きていた。

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