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告白 その18

背が高くカッコいいし面白い涼太のことを好きになるのはすぐだった。

大学に入り私には恋人ができた。

地方出身の彼は東京に部屋を親から借りてもらっていたので、すぐに入りびたるようになる。

幸せなはずだった。ところがこれが地獄の始まりであるだなんて、私にはその時分かる術もなかったのだけれど。

涼太は付き合い当初は優しかったし親切だった。

私はそれまで主に家庭内ではあるけれど、酷いことの連続だったので、ようやく神様が私に幸せをもたらしてくれたのだと、そういう風にすら感じていたのである。

ところが付き合って1か月もすると様子が変わってきた。

涼太が私に金を無心してくるようになったのである。

私は当時父からお小遣いとして月に10万円もらっていた、そのことを知ってのことだとは思うけれど。

事の発端は涼太が古い生卵を食べてお腹を壊し、病院にかかるための金がない、というところから始まる。

彼は月10万円という仕送りの中から、家賃を払い光熱費を払い、携帯代を払うと手元に残る金はほぼなくなる。

昼は大学の部活の先輩に毎日奢ってもらい、夜は仕方なく自炊めいたものをする。

体育会系に所属しながら一日2食。

ギリギリどころか完全に破綻した生活を送っていた。

2食しか食べられない。

やっと一日を乗り切り、明日も乗り切れるだろうか、そういう生活を送っていた。

そういう中での腹痛、とにかく私は涼太に電話で呼び出され、そうして練馬にある彼のアパートへ出向く。

そこには痛い痛いと布団を被り横たわる彼がいた。

この辺で大きな病院はあるのだろうか。今だったらネットですぐに調べられるのだろうけれど、iモード出現以前の当時はPHSが主流であり、携帯電話は高く、携帯状のものからネットに繋ぐというのが皆無の時代である。

ところが地方へ引っ越す前は元々この辺りに住んでいたという涼太はよく知っているようで「日大板橋病院がある」と布団の中から荒い息とともに伝えてくる。

この状態ではさすがに徒歩でも自転車でも行くことができず、それに日大病院は涼太の家からは2駅分あるような場所に位置していたために、私は躊躇なくタクシーを呼ぶことになる。

タクシーはほどなくアパートに横付けされて、私は涼太を抱えるように車内へ導いた。

「日大板橋病院までお願いします」と知らせると、タクシーは静かに幹線道路を滑らせていく。

と、もうすぐ病院に着きそうだという時点で涼太が車から自分だけ降ろしてくれと頼んできた。トイレが我慢できないのだという。

今にして思えば、支払いができないので途中降車したようにも思えるけれど、真実は彼が知るのみである。

仕方がないので彼を降ろし、私だけが途中からは病院へタクシーで向かう。

病院は、混んではいたけれど緊急扱いとなり、意外にもすぐに診てもらうことができた。

O156という、O157の仲間のような食中毒に罹っていた。おそらく古い生卵を食べたのが原因だろう、というのが医者の診断であった。

「財布を忘れた」涼太が会計時に言うので、私が払う。そして部屋に帰ってからは、何か消化の良い食べ物を買ってこなければならない、私が買い物をした。

これをきっかけとばかりに、『支払い』は当然のように私が大きいものから細かいものまで払うという関係になる。

私もそのことの異常さには勿論気付いていたのだけれど、せっかくやっと掴んだ幸せだったので逃したくなく、彼に言われるままに金を出していたのだった。

まだ、この程度だったら良かったのかもしれないが。

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