実家の玄関というのは、いつの頃からか日中は開けっ放しになっているものだった。
母親が始めた習慣なのか、家政婦が始めたものなのかは分からない。
分からないけれどもとにかくいつも重いドアは開け放たれ、玄関に腰掛けて靴を履く時などは、外の空気と自分が一体化するような、不思議な感覚になったものだ。
いつものように玄関でスニーカーを履こうと私は腰掛けていた。
何となく前方に気配がしたので視線を上げると、ドアを放たれた入り口に見知らぬ女が立っている。
装いは真っ白なワンピースに、これに合わせるようなやはり真っ白なふちのある帽子。そして片手にミニチュアピンシャーを従えている。
逆光なので詳しくは分からなかったけれど、目の周りぐるりと黒いアイライナーで囲み、見た目には貴婦人のように見えた。
「ミツキです。お父様いらっしゃる?」
平日の昼下がり、こんな時間に父がいるはずもなく、ただ彼女の格好にあっけにとられ「おりません」と答えるのが精一杯であった。
けれど私はこの女がいかがわしい人であることをすぐに見破った。それは従えているミニチュアピンシャーが暴れて、縄から抜け出そうとしていたからだ。
バカな犬だった。
上流階級を気取るのならば、犬も上流であるべきなのに、この女は犬のしつけをしていなかったのである。
彼女はおそらく、わざわざ父親がいない時間帯を狙って家に来て、家の値踏みやら、家への入り込みやすさを計算しにやってきた、そういう下品な女なのだとこの時点ですでに警戒したし、それに彼女の名前が「ミツキ」なのであって、氏が「ミツキ」ではないということを父から後に知らされた時に、松本ちづる同様、夜の女であることはすぐに理解できた。
普通、初対面の人間に自分を名乗る場合、まさか下の名前で自分を紹介する社会人など存在しない。
格好だけは気取っていたけれど、そういう詰めの甘さを美月は残している女だった。
そうして松本ちづるの時同様、これを機とばかりに美月一族が私の家に上がり込むようになったのだ。
けれど私はこれを面白がって見物している余裕ができていた。
何故ならば父には10億近い借金があって、首が回らない状態であるのに相変わらず贅沢を好み、そうして見栄を張って生きていることを知っていたからだ。
この女は騙されている、その様が生々しくて面白く、私に媚を売るたびに蔑んだけれど、同時に、もっとその続きをやってくれと願っていた。
中学生や高校生の時とは違い、その後の人生は人から裏切られることの恐ろしさから私を解き放ち、そうして傍観していられる、私のための観客席を作ってくれたのだった。
そういう意味では色々な経験ができた涼太との日々というのは悪いものではなかった。