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告白 その31

ある意味都合よく、私は4月の専門学校入学前にSLEが発症し2か月入院した。

都合がいいというのは、この内藤の件に関するゴタゴタに巻き込まれることがなくなったからである。

実際あのなだ万以来、美月の友人だという咲子に毎日電話するという約束をさせられ、そうして説教めいたものを1時間以上聞かされていたのだ。

咲子のあまりのヒステリックで異常な様に私は、逆らうと大変だと話を聞いているふりをして彼女の気が済むまで毎日しゃべらせていた。

入院はその咲子から解放させてくれたのだから、何とも都合よく発症したものだ、ということだ。

内藤の方はなだ万以来、私に連絡を取ってくることもなかったので、この件はほぼ解決した、と考えてもよかったと思う。

病院のベッドの上で「学校に行きたかったのに」なんてショックのポーズを作ったりしたけれど、どちらかといえば咲子と内藤から離れる良い機会を与えられたと喜んでいた。

そうは言っても理学療法士を志した道なので、学校の教科書や制服が病室に届けられると、「1日でも早く退院して、授業に参加したい」という気持ちも勿論あった。

さて入院して数日すると、父から電話があった。「もう家には帰ってこないでくれ」「新しい部屋を用意したのでそこで暮らしてほしい」「家には美月が住んでいる」という連絡であった。

つまりはこういうことなのだろう。私が不在の時を狙って美月が家に入り込み、そうして居着いてしまった、父に私を追い出すように甘い言い方で迫った、ということなのだろう。

彼女はおそらくずっと家に入り込むチャンスを狙っていたはずだ。

それがとうとう私が入院することで空きスペースが生まれ、転がり込んできた。動物のような図々しい女が本性を出したのだ。

けれど私に反論するチャンスは絶対王政の家ではなかったし、それに私も心のどこかで家を出ることを望んでいたので、分かったとこれを受け入れた。

退院後、言葉通り新しい部屋が父によって借りてあり、私はそこで1人暮らしをはじめることになる。

色々なことが同時期に起こりすぎて、私は頭が少々混乱していたけれど、とにかく守るべきものは自分の健康であったし、そうあり続けるように自分なりに努力をはじめた。

菜食主義になる、ヨガに毎日通う、余計な情報を入れないためにテレビを観ない、毎日早起きする、そういう禁欲的な生活を送ることで崩れそうな自分を支えていたのだと思う。

そして専門学校は2か月休んでいたということで単位が足りないため、留年を告げられた。

でもこの頃私の目的は最早咲子や内藤から逃げ切るということにあったので、理学療法士の道は断念し、潔く退学したのだった。

私には何もなくなったのだ。

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