母と酒を飲むと最初の方は楽しく飲んでいるのだけれど、酒が深まるにつれて不快感に包まれた。
心底下らない女だと蔑んでいたし、盛りが過ぎた女の昔の武勇伝ほど哀れを誘うものはなかったし、もうそれ以上何も聞きたくなかった。
そういう私の気持ちに母は気付いていないのだろう。声高らかに原医師とのセックスのことまで酒の席の話題に平気で持ち出してきた。
ようするにそういう話しかできない、悲惨な状況下に身を置いていたのかもしれないが。
もっとも女友だちが話す内容としてならネタとして笑い飛ばせるけれど、彼女は友達でもなく母親でもなく、子どもを捨てた女というだけだ。
誰がそんな女の過去の話に興味深く耳を傾けるというのだろうか。
元娘というよしみで仕方なく聞いてやっているというのに、何故この女は人の気遣いを感じ取れないマグロなのだろうか。
ある日母の部屋でいつものように2人だけで飲んでいた時のことだ。
その頃母は私の住むマンションのすぐ近くにアパートを借りて住んでいた。
そうして少しずつ私の生活に何事もなかったかのように入り込もうと、狙っていることがうかがえたけれど、私は気付かぬそぶりをしてとぼけていた。
その夜酒も相当入っていたのだろう。
私は気分の高まりを抑えられなくなった。
「うるっせーんだよ。クソババー!」
宴会していたテーブルをひっくり返した。お皿の料理やつまみは飛び散り、酒の入ったグラスは割れて酒が床に流れ出していた。
それでもまだ暴れたりない私は、実家の居間に飾られていた、母が家を出ていく時に持ち去ったシャガールの大きなレプリカを壁から引きはがしてテーブルに打ち付けた。鈍い音がしてガラスにヒビが入る。
「アンタなんか死ねばいいのよ!」
母が怒鳴る。
「うるせーよアバズレ」
わーっと大声を上げて母が泣いた。
面倒臭くなって私はその場を後にした。
時間はまだ8時過ぎだった。
頭を冷やしたくて、夜遅くまでやっている本屋へその足で向かう。
本屋の明かりは妙に明るく白んでいて、酔いは一気に冷めた。
そうすると自分のしでかした事が父や母と同じことだと気づかされ、絶望のような黒い重みがのしかかってきた。
あれだけ軽蔑していたアイツらと同じやり方で私は破壊したのだ。
何の本を手に取るべきか、選ぶ能力を奪い取られたように広い店内をさまよっていた。
すると『自殺直前日記』という女性漫画家の本が目に飛び込んでくる。
私はそこに救いがあるように思えて迷わず手に取り会計を済ませ、家路を急いだ。