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告白 その34

女性漫画家の本を読んで私は、共感というよりも「こういう生き方でもいいんだ」という勇気を与えられた。

私が爆発したこと、それは当然やってくるべきものだったろうし、他人にも私自身にも止められるものではなかったのだと思えた。

けれども起こしてしまったことの罪は重く、また昔からの地続きであるように断ち切れるものではなく、今後も2度や3度ではなく、これを機に暴力という花が開花してしまった以上、何度も繰り返されることなのだろう、と絶望した。

次の日、私は仕事帰りに同じ本屋へ行くと、昨日買った本の隣にあった『完全自殺マニュアル』という本を手に取る。

この本は購入することなくいくつかの自殺方法を目に焼き付けてその場を逃げるように去っただけにとどまった。

けれど結局簡単に死にたかったし、いちいち死に方を考えることも面倒だったので精査せず、飛び降りで死のうと思いつきのように死を選ぼうとしていた。

どこで死のう。どこから飛び降りよう。高島平の団地は自殺のメッカだと誰かに聞いたことがあるけれど、そこにしようか。でも土地勘がないし、もっと近場の団地から飛び降りようか。

でも団地の場合、下で小さな子が遊んでいたりして、そこへ私が上から降ってきたりなどしたら、死を望まない、小さな命を巻き込むことになるかもしれない。

それじゃあ手首を切るか、いや首を吊ろうか。私は頭の中で死ぬことばかりを考えるようになった。

ところが私は実践するまでに狂っていなかったのだろう。そういうことばかり思う自分に異常さを感じ、女子医大の精神科を受診する。

私の場合SLEという病気が悪化すると必ずといっていいほど神経症状に伴う幻覚や幻聴、または妄想の世界に引き込まれるので、入院するたびに精神科の萩原医師も往診にやってくるのだった。

そこで予約なしに萩原医師を訪ねて女子医大に押し掛けた。この恐ろしい感情を自分から降ろしたかったのだろう。

診てもらうまでの待合室での時間、とてつもなく長く感じたけれど、萩原は私を診察室へと通した。

私は母の家で暴れたこと、そしてそれが引き金なのか今とても死にたいと思っていること、そういうことを主に萩原に訴える。

「あなたのは病気じゃないからはやく帰りなさい!」

萩原は厳しい怒った声で私に退室を命じた。

今にして思えばこれが双極性障害のはじまりだったのかもしれないけれど、萩原は大して問診を重ねるわけでもなく、私を診察室から追い出すように診察を打ち切るポーズを取った。

仕方なく私は診察室を出た。

このザワザワとした心をどうやって収めるべきなのか、それを思うとさらに狂ってしまいそうで立ち尽くした。

嵐が過ぎ去るのを待つように、死にとりつかれた心を達観するしかなかったのだけれど、でもそれができないでいた。

だから病院へ駆け込んだというのに、それではどうすべきなのか、指南がほしかったのに。

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