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告白 その35

父と美月が住む実家が競売にかけられ、そして父は自分の家を失った。

原因は父が積み重ねた借金が10億以上に膨らみ、もう返せないと追い込まれたことらしい。

美月は三宿に持ち家があるので、そこで父だけ居候生活をし、その他の兄や弟は皆バラバラに賃貸へと引っ越した。

弟は発達障害を理由に働かず、兄は留年を重ねて未だに学生であったので、父から送金ありきの生活ではあったけれど。

病気の私が自活し生活を送っているというのに、兄弟2人は親のすねをかじり、そのすねをかじられている財源である父本人は借金まみれ。

とても滑稽だったし、沈みかけた泥船に乗っていることは明白であった。

どうやってこの状況から逃れるのか、先に船から降ろされた私としてはとても興味があると同時に、関わりたくない連中であると思った。

家が売れたとか売れないとかいう噂を聞いて間もないある日、兄から連絡があった。

「兄弟3人で一緒に暮らさないか」そういう申し出であった。父からも頭を下げられた。

私は薄給なりに自分の生活を成り立たせていたので、別に一緒に住んでも大して利益に繋がらなかったけれど、仕方なく社会に出ていないような2人の兄弟と3人で暮らすこととなる。

ところが一緒に生活するということは簡単ではなかった。

それは3人皆の生活リズムが違うからだ。

兄は一応卒業に向けて必死だったようだし、弟は一日中布団をかぶって寝ているだけ。

私だけが規則正しく動き、あいつらは飯も作らずただ出てくるのを待っているばかりだった。

それでも兄弟なので我慢して暮らしていたある日、兄の部屋に洗濯物を届けようと彼の部屋のクローゼットを開けると、私のブラジャーやパンティーが出てきた。

一瞬何のことか分からなかったけれど、それが何なのかが飲み込めると、台所にあるゴミ箱めがけて盗まれた下着を投げつけた。

こんなやつらに優しさなんて向けるんじゃなかった。

怒りに震え私は引っ越す理由を告げず、一緒に住んでいたマンションの1駅先の街に部屋を借りなおす。

何となく近い距離では暮らしはするけれど、一緒にはもう暮らせない、そう思ったからだ。

その頃父は、美月がマージャンサロンを開くというので3000万円出資したようだが、そこでもう搾り取れないと計算されたのだろう。

父はとうとう美月に捨てられ、そうして三宿の家を追い出されたのだ。

そこで父は何事もなかったかのようにURで3LDKある部屋を借り、新たな生活をはじめた。

そんなに広い部屋を借りているにも関わらず、決して溺れかけている兄や弟を呼び寄せて助ける気配はなかった。

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