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告白 その38

「下のフロアには変わった人がいるから気を付けて」

異動になる時、同じ課で働いている年上の女性に忠告された。

変わっているから気を付けて、とはどういうことなのだろう。

例えば話しかけたら噛みついてくるとか、そういった常識ではあり得ない次元の話なのか。

「名前は井坂さんていうから」

井坂さんね。

そういえば何かを発明したとかで会社ではちょっと有名人であり、特別扱いされているというか、違う世界に生きている人、という社員がいるらしいのは確かに噂で聞いたことがあった。

でも広い会社、その彼と顔を合わすということの方が例外であり奇跡に近いのだから、噂は噂として受け取り、私は階下へと異動したのだった。

そして私が新しい職場に慣れた数か月後、新しい社員が異動してくることになる。名前は井坂さんと言うらしい。

(ああ、あの井坂さんね)

そうして課を見渡してみるとどう考えても私の隣の席しか空席がない。

(やっぱり井坂さん、ここの席に来るのだろうか)

期待とともに、これから先、うまくやっていけるのだろうか、という不安。

井坂さんは異動してくる前日、うちの課に挨拶に訪れた。

厳つい人なのだろうか、そうではなくてほっそりしたインドアな感じの人なのだろうか。メガネはかけている?話しかけても怒られない?

色々なことを頭で想像させたけれど、挨拶に寄った井坂さんという人物は、高校生くらいにしか見えない、私より明らかに年下の人物だった。

少し顔色が悪いようにも見えたけれど、いかにも聡明な面立ちであり、小柄ではあるけれどスラリと足が長く伸びている。

そして意外にもハキハキと大きな声でやりとりする人のようで、見た目とのギャップに私は少し驚いたのだった。

翌日より早速同じ課で働くこととなるのだけれど、井坂さんは常にキーボードを打っていて、雑談もしないような、とにかくキーボード音以外は音を立てない、省エネ人間なのだということがすぐに分かった。

ようするに皆との雑談に参加しないので変わり者という冠を博しているだけで、無害そのものの人物のように私には思えた。

井坂さんと話がしてみたい。

私の中にそういう欲求が芽生えた。

井坂さんは普段どんなことを考え、そしてどんな食事を取り、どんな本を読むのだろう。音楽は何を聴くのだろう。

ほんの少しでいい、井坂さんの情報がほしいと思い、隣の席だというのに相変わらずだまったまま、何か情報を獲得できないだろうかと私は耳を澄ませていた。

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